「思いつき」でも「個人の思い」でもかまわない 菅首相「脱原発宣言」


「唐突だ」

「思いつきだ」

「延命だ」

「保身だ」

「党の方針ではない」

「政府の方針ではない」



 これが菅首相の“脱原発宣言”に対する、永田町の大方の声だ。

 民主党にも賛同者が少ない。閣内ですら支持する者が少ない。「無責任」「裏切り」という人々もいる。

 だが、ひと言言っておきたい。

 「そんなことわれわれには関係ない」……と。


 政局レベルの屁理屈は、もううんざりだ。

 菅首相の“脱原発宣言”が“個人の思い”であろうとなかろうと大した問題ではない。

 あなたがその方向性に賛成なのか反対なのか……私が聞きたいのは、それだけだ。

 そして首相が示した方向性と軌を一にするのなら……、

 「菅が気に入らない」などと子供じみた感情論を恥ずかしげもなく叫ぶ暇があるなら……、

 ごちゃごちゃ言ってないで、今すぐ行動すればいい。

 脱原発を現実に変える努力をすればいい。


 はっきり言おう、それをする気がないのなら……

 あなたがたは“脱原発”の実現をそれほど望んでいない……それどころか、「本当はどうでもいい」と考えているのだと。

 首相の宣言に反対する人々はもちろん、「脱原発は正しいが、菅さんが言うから気に入らない」と屁理屈をこねる人々も、所詮は“原発論争”を避けたいだけだ。

 「時間をかけて議論しよう」なんて理屈も、単なる時間稼ぎにしか聞こえない。

 「中長期的な課題」であろうが「短期的な課題」であろうが、今日から動き出さなければいけないことに変わりはない。「中長期的な課題」だから今すぐ行動しなくても……とはならないのだ。

 「中長期的な課題だ」という政治家は、10年後、20年後にも「中長期的な課題だ」と言い続けているに違いない。

 「時期尚早だ」という政治家は、10年後、20年後にも「時期尚早だ」と言い続けているに違いない。

 永田町で流行りの「菅叩き」をすれば、とりあえず永田町では“正義”の側に立てる。マスコミからの批判も和らぐ。そして次のステージに向けた自分の身の安全をも手に入れることができる。

 一見、勇ましいように見える「菅叩き」は、そんな限りなく軟弱で、底なしに姑息な“そろばん勘定”に立脚している。

 霞ヶ関と事を構えたくない、財界に睨まれたくない。でも“脱原発”の表札は選挙用にとっておく。

 表に出ず、流れに任せる。それがいちばん、政治家として“楽”で“得”で“安全”だ。その結果、脱原発を達成しなくてもいい……、


 熟議の結果こうなった……そう言い訳できるから。


 彼らの本音は、きっとそこにある。




 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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デーブ・スペクターよりひどい世耕参議院議員と川内代議士、さらに加えてウソつきでもある川村テレ朝解説委員投稿者 あっしら 日時 2011 年 7 月 15 日 のコメントより 70. 2011年7月16日 22:50:19: esmsVHFkrM いやはや、次から次から、「脱原発」はどうでもいい、と